どの人にも子供の頃があり、思春期があり、大人になり、そして年をとって老いていきます。   あくせくした日常に、この当たり前のことを忘れ、私たちは泣いたり笑ったり、苦しんだり喜んだりして暮らしています。   私はここに、世間から忘れられた老人を登場させたい そしてともに、心の平安について考えてみたいです。  





「母ちゃん、今帰ったよう〜!! 母ちゃんに会いたくて、やっと今、帰ってきたよぅ〜!!」

じいちゃん、危ないよ、転ばないようにね。。

昼間からお酒飲んで〜、呆けてるんじゃなぁい ?
          
「母ちゃん、今帰ったよう〜!!  母ちゃんに会いたくて、
やっと今、帰ってきたよぅ〜!!」

千鳥足のじいちゃん、
田植えの終わりかけた田んぼのあぜ道を一人歩いています。

母ちゃんって。。。じぃちゃんの母ちゃんて、
とっくの昔に亡くなっちゃったじゃないの。。!

それよかじいちゃん、どこから来たの ?
この辺では見かけないんだけどな〜?

    
  うちのじいちゃん、こんな恰好して、
  どこへ行ったんだろう〜?

確か家族から捜索願い出ていたよ。
じゅんこという、親思いの娘だよ、
心配しているよ。



誰にも合えなかったけん、お地蔵さんに会えて、オラ、嬉しいよ♪

お地蔵さん、こんちゃ〜、
この前でよく遊んだな〜
今日は誰にも合えなかったけん、
お地蔵さんに会えて、オラ、嬉しいよ♪

オラ、今夜はここで、休ませて貰う、
死んだっていいんだ
     
     じぃちゃんは、よたよた歩きながら、何かを探しています。

「確かこの辺に、オレんちがあったんだがな〜」

そうです、もうじいちゃんの生まれた家はありません。

広い道路になって、車が勢いよく走っていました。

村の様子もすっかり変わっていました。

見慣れない建物が、ひしめき合っていました。

何たってもう、50年以上の年月が流れていましたから!!

広場で、お年寄りたちがゲートボールをしていました。

「あれ〜?ひょっとして、知っている人がいるかもしれない。」

物陰からじぃちゃんは、そうっと見ていました、

誰かが気が付いてこちらを振り向きました、

じぃちゃんは、逃げるようにその場を立ち去りました。


10代で故郷を後にして、それっきりじぃちゃんは、

今日まで、帰ってきませんでした。  帰れませんでした。

だって〜!故郷を捨てたんです、親兄姉を捨てたんです。

顔向けが出来ないのです。(と、思い込んでいました。)

都会に出て、極道の道に入ってしまったのです。
    




母ちゃ〜ん、オラだよぅ〜! 分かるか〜イ!!             田んぼでは、まだ、田植えをしている人が
いました。

「母ちゃんみたいだよな〜」

その優しい姿に、じぃちゃんは、長いこと
見とれていました。

「母ちゃ〜ん、オラだよぅ〜! 分かるか〜イ!!」

「これで見納めかもしれない。。」


夕暮れ近くまでじぃちゃんは、

村の中を歩き回りました。

道行く人は怪訝な表情を浮かべています。

「見かけない、へんなじぃさんだな〜。。」



じぃちゃんの家は、貧しい小作人でした。  

父親は早く亡くなり、沢山の子供を抱えて、

母親は、一生懸命に働きました。

けれど暮らしは一向に楽になりません。

じぃちゃんは、そんな百姓の暮らしに絶望していました。

自分はこんな惨めな百姓になんかなりたくない!

そうなんです、じぃちゃんは、絵描きになりたかったんです。

学校で唯一褒められていたのが、絵でした。
      家の破れた襖や障子に、暦や雑誌の絵が

貼り付けられていました。浮世絵が多かったです、

じいちゃんは、それらをしきりに模写していました。

帳面の切れ端に。。誰が教えたのでもなく…

そして、学校の先生が、とても褒めてくれたのです。

「たけし、お前、絵が上手いなぁ〜才能あるぞ、頑張れよ」

絵描きになりたくって、ある日じぃちゃんは、姉の結納金を

こっそり持ち出して、家出したのでした。

人を責めることは簡単です。

じぃちゃん、都会に出たけれど、それなりに努力したけれど、とうとう道は開けませんでした。  

そしていつの間にかじぃちゃんは、人の身体に絵を描く絵師、そう、刺青師になっていました。

自分の身体にも、彫ってあります。  それを求める人たちと多く接し、世間の裏の世界を知りました。

裏の世界で生きていくとき、じぃちゃんは、自分の小指を関節から切り落としています。

いろいろなことがありました。

ある時、映画館で、「野菊の墓」 という映画が封切られていました、

たまたま、じぃちゃんの故郷が舞台になって。。。。あぁ、あの山、あの川、菜の花畑・・・!

冷やかし半分で見に入り、涙に暮れたじぃちゃんは、最後まで見ることが出来ませんでした!

「何だ、あんなもの〜!!」 粋がって肩をゆすり、出口で唾を吐きました。  



じぃちゃんの結婚は遅く、40歳を過ぎてからでした。

自分の生い立ちを理解してくれる、心優しい女性と巡り合ったのです。

かわいい娘にも恵まれました。  

その娘が刺青姿の父親を辛く思っているのだと知っったじぃちゃんは

裏の世界から遠ざかり、刺青師の仕事を辞めることにしました。

その娘も成長し、真面目な男性と結婚、生まれた孫は、中学生になりました。

ホッと一安心のじいちゃん、ところが、妻が癌で亡くなり、その頃からじぃちゃん、

健忘、錯誤などの、痴呆症状が見られるようになりました。。。

道を歩いていて、自分がどこの誰だか、分からなくなってしまうのです。

娘家族と一緒にいても、婿に向かって、「あんた、誰だね?」 と、言いだす有り様。

医者は、アルツハイマー型痴呆とも、老人性うつ病とも、診断しました。

要するに、これといった治療方法がないのです。





シラサギ、昔はもっと沢山いたな〜!

ある日、自宅で一人留守番をしていたじぃちゃん。   テレビの画面が、故郷の特集をやっていました。

田んぼにシラサギが舞い降りていました。   「あれ〜?昔はもっと沢山いたのにな〜〜」

絵の好きだったじぃちゃんは、シラサギの絵を何枚も描いていました。  

故郷を離れるとき、好きだった女の子に、一番良く描けた絵を置いてきたことを思い出しました。

「今頃みんな、どうしてるのかな〜?死んじゃったのかな〜?」

カメラは小さな部落の中に入っていきました。
このウチ、知ってるよ、この石垣で、遊んだんだよ。
食い入るように見つめていたじぃちゃん、あの家、この角、古い遠い記憶が蘇えってきました。

残念ながら、じぃちゃんの住んでいたところは写してくれません。。。。

「どうなっているのだろう?」  じぃちゃんは、どうしてもその場所に行ってみたくなりました。

「死ぬまでに、一度行って来たい、ひと目、故郷に会って来たい。。。!」

家の者には言えませんでした。  「行くとしたら一人で行こう。。」

なけなしの貯金を下ろし、ある日こっそりとじぃちゃんは、列車に乗ったのでした。

「捜してくれるな、これから旅に出る、 帰って来れないかもしれない、幸せに暮らしてくれ。」

こんな内容の置手紙を残して。。。




お地蔵さん、こんちわ〜、久し振りだいな〜

おらぁ、帰って来たで〜、やっと、生まれ故郷に。。。

もっと前に来たかった〜!だけん、オラ、来れねかったんだ〜

悪いこと、イッパイしたもんな〜、故郷に帰れねぇんだよな〜オレ。。。

夢に見るんだよ、故郷をば・・・、母ちゃんのことさぃ、姉ちゃんのことさぃ・・

迷惑かけっぱなしだったな〜オラのことで、きっと肩身の狭い思いしたんだろうな〜

どこに行ったんだい、母ちゃん、どこに行ったんだい、姉ちゃん。。。

おらぁ、この、地蔵さんのとこで、野垂れ死にするつもりだ。

おらぁ、死ぬつもりで、ここに帰って来たんだ〜

思い出イッパイ染み込んでいるこの土地で死ねれば、おらぁ、本望だ〜!


じぃちゃんは、お地蔵さんの前で酒をぐいっと飲み干し、ゴロリと横になると眠ってしまいました。

誰にも出会わなかったけれど、幸せな気分、穏やかな優しい表情を浮かべて。。。
続 く




     




♪ いつもどこかで ♪